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香川県22箇所のご案内

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大興寺(香川県山本)

822年に開祖。
真言宗と天台宗の2派の僧が並んで修行をしたという珍しい歴史がある。
仁王門を抜けると、樹齢1200年を超えるカヤとクスノキが構え、本堂では参拝者が願い事を書いて奉納した「七日燈明」と呼ばれる赤い大ロウソクが揺らめく。
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神恵院(香川県観音寺)

約1300年前、日証上人が琴禅八幡宮の別当として創立。
弘法大師が7代目の住職の時、観音寺と改めた。
琴禅八幡宮が68番、観音寺は69番だったが、明治初期、神仏分離で琴禅八幡宮の本地仏を移して神恵院を68番の本堂としたため、四国霊場唯一の珍しい1寺2霊場となっている
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観音寺(香川県観音寺)

703年(大宝3年)、日証上人が琴禅山上に八幡宮を建立した際、別当寺として開いた。
808年(大同3年)、弘法大師がこの地を訪れ、聖観世音菩薩を刻んでお堂に安置。
寺号を現在の名前とした。
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本山寺(香川県豊中)

807年(大同2)、平城天皇の依頼を受けた弘法大師が、たった一晩で建てたと言う「一夜建立」の言い伝えが残る。
本尊の馬頭観世音菩薩と阿弥陀如来、薬師如来も大師が刻んだと言われる。
四国霊場八十八箇所のなかで五重塔があるのは、本山寺と善通寺(香川県善通寺市)だけ。
本山寺本堂は国宝、仁王門は重要文化財に指定されており、建築史上、価値が高い。
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弥谷寺(香川県三野)

「死霊が帰る山」と言われる弥谷山の中腹にある。
山門をくぐり、石段を約300段上ったところに高さ6メートルの金剛拳大菩薩像。
さらに108段上ると、弘法大師が岩くつを掘ったという大師堂があり、修験の場の厳かな雰囲気が漂う。
奈良時代、行基が神秘な山にひかれ、堂を開いたのが始まりと伝えられている。
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曼荼羅寺(香川県善通寺)

596年、弘法大師の祖先で讃岐の豪族、佐伯氏の氏寺として建立。
弘法大師が807年、唐から持ち帰った大日如来を本尊とし、金剛界と胎蔵界の曼荼羅を安置した。
境内には、弘法大師が手入れしたとされ、2枚の菅笠を重ねて伏せたような樹齢1200年の「不老の松」がある。
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出釈迦寺(香川県善通寺)

弘法大師捨身ヶ岳の奇跡で知られる寺。
本堂から1.8キロ登った我拝師山の頂上(481メートル)に奥の院がある。
弘法大師が7歳の時、仏門に帰依した自分の決意を仏にゆだねるため、頂上の断崖から飛び降りたところ、釈迦如来と天女が現れ抱きしめたという言い伝えがあり、寺号の由来となっている。
平安時代の歌人西行も近くに庵(いおり)を構え、しばし座禅を組みに訪れたという。
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甲山寺(香川県善通寺)

甲山寺の寺伝によると、曼荼羅寺と善通寺の間に寺を建てたいと考えていた弘法大師が、霊地を探していると、山ろくの岩窟から1人の老人が現れて「この地に堂塔を建立すべし」と告げた。
弘法大師は早速、毘沙門天の石像を岩窟(くつ)に安置。
821年(弘仁12)、満濃池を修築して朝延から賜った報奨金の一部で寺を建て、薬師如来の木像を刻んで安置したと伝えられている。
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善通寺(香川県善通寺)

高野山、東寺と並ぶ弘法大師の三大霊場。
大師は宝亀5年(774)にここで生まれたとされる。
唐から帰国後の弘仁4(813)年、長安の青龍寺を模して建立した。
寺号の由来は大師の父・佐伯善通(さえきよしみち)。広さ45万平方メートルの敷地は東院、西院に分かれ、南大門前の五重塔が有名。
国宝など多くの文化財が残る。

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金倉寺(香川県善通寺)

弘法大師と血縁である天台宗派開祖・円珍の祖父、和気道善が宝亀5年(774年)開基した。
門前には格子戸が残る古い旅館が立ち並ぶ。
隆盛時、132の坊舎があったことをうかがわせる広い境内には、善通寺師団長に赴任した乃木希典の「乃木将軍妻返し松」の碑が立つ。
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道隆寺(香川県多度津)

言い伝えによると、奈良時代、道隆寺の一帯は豪族・和気道隆の桑園だった。
ある日、道隆が光る桑の木を見つけ、弓を射ったところ、乳母が矢を受けて倒れていた。
嘆き悲しんだ道隆がその供養のため、桑の大樹で薬師如来の小像を刻み、堂を建てて安置したのが始まりという。仁王門から本堂までずらりと並ぶ観音像が壮観だ。
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郷照寺(香川宇多津)

四国霊場唯一の時宗の寺。
行基が霊亀年間(715−717)、自作の阿弥陀如来像を本尊に仏光山道場として開基。
弘法大師が伽藍(がらん)を改築して霊場に定めた。
その後、時宗の開祖、一遍上人が病気療養で一時滞在したことから寛文4年(1664年)に時宗に改めた。
境内には「天狗(テング)池」を囲んだ美しい庭園が広がる。
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天王寺(香川県坂出)

寺伝によると、弘仁年間(810−824)に弘法大師が今も天王寺の近くに残る「八十場の泉」付近にさしかかると、霊気を感じ取り、霊木用いて十一面観世音菩薩と阿弥陀如来、愛染明王を刻んだ。
それらを安置したのが始まりと言われる。
1164年(長寛2)、保元の乱(1156年)に敗れて讃岐に流され、亡くなった崇徳上皇の棺を、二条天皇が八十場の泉に安置し、寺の敷地内に「白峰宮」を建立した。
以来、天王寺寺は神の信仰と仏教信仰を融和した「別当寺」となっている。
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国分寺(香川県国分寺)

聖武天皇が741年、国家安穏、万民豊楽を祈願するため全国に国分寺の建立を命じ、行基が十一面千手観世音菩薩像を自ら彫って本尊として安置、開基した。
鎌倉時代に建立された入り母屋造りの本堂と鐘楼は、国の重要文化財。
本尊は千手観世音像はケヤキの一本造りの立像。
たたくと音の出る「讃岐岩」は寺の西で産出される。
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白峯寺(香川県坂出)

弘仁6年(815年)、弘法大師が開基。貞観2年(860年)に智証大師が流木で千手観世音菩薩を刻み本尊として安置、堂塔を整えた。
本堂は数回火災で焼失したが、慶長4年(1599年)、高松城主生駒一正が再建した。
寺の裏山の白峯御陵には崇徳上皇がまつられている。
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根香寺(香川県高松)

弘法大師が唐に渡る前に航海の無事を祈願して五大明王を刻んでまつったのが始まり。
832年(天長9)、智証大師が千手観音菩薩を香木で刻んで安置し、本尊とした。
寺には天正年間(1573−92)に住民に危害を加えた怪物「牛鬼」を、弓の名人・山田蔵人高清が射止めたという「牛鬼伝説」が伝わっており、仁王門脇に牛鬼の像が立っている。
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一宮寺(香川県高松)

大宝年間(701−704)、義淵僧正が開基。
行基が堂宇を修築して讃岐一の宮(現・田村神社)の別当寺となり、大同年間(806−810)に空海が札所定めた。
戦国時代には戦火に巻き込まれて全焼したが、その後、僧侑勢によって復興された。
本堂周辺に一の宮御陵と呼ばれる3基の宝塔のほか、堂内から地獄の音がすると言われる石造りの薬師堂がある。
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屋島寺(香川県高松)

唐の高層・鑑真が754年屋島山ろくの北側に伽藍(がらん)を建立し、弟子の恵雲津師が初代住職になったいわれる。
810年に空海(弘法大師)が伽藍を現在の山ろく南側に移した。
入り母屋造りの本堂は、鎌倉時代末期の建物。
本尊、梵鐘(ぼんしょう)とともに国の重要文化財になっている。
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八栗寺

弘法大師が804年(延暦23年)、観世音菩薩を安置したのが始まりだとされる。
大師はその際、栗の実8つを植えた。
唐から帰国ごの808年(大同3年)、再び訪れると、栗の木が8本、大樹に成長していた。
これが「八栗寺」の名の由来と言われる。
五剣山は、その名のとおりかつては5つの峰が連なっていたが、1706年(宝永3年)の大地震で東端の峰が崩れ、今は4つ。
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志度寺(香川県志度)

真言宗の開祖・空海(弘法大師、774−835)が修行の場として求めた四国各地を、信仰者たちが聖地とし、空海の霊力にあやかろうと訪ねたのが「遍路の始まりといわれる。
それが1500年頃から、庶民の間にも広まった。
「同行二人」とは一人の遍路旅でも空海が一緒に歩いてくれている、と考えること。
志度寺は625年、薗(その)子という尼がお堂を建てたのが始まり。
江戸時代に初代高松藩主・松平頼重が寄進した仁王門は、重要文化財。
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長尾寺(香川県長尾)

聖徳太子の開創と伝えられる寺。
境内には根回りが6メートルもある大楠(くす)と、枝ぶりの良い松が並ぶ。
弘法大師が唐へ渡る前にとどまり、護摩府を丘の上から人々に投げ与えたとされ、それが1月7日の大会陽福奪いの行事となった。
大鏡もちを運ぶ力くらべも行われ、大勢の見物客でにぎわう。
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大窪寺(香川県さぬき)

88箇所最後の札所。
行基が養老年間(717−724)に草堂を建築、後に弘法大師が錫杖(しゃくじょう)をまつった。
山のくぼみに建てたのが寺号の由来。
女人の入山を許したので「女人高野」とも呼ばれる。
大師堂には88箇所すべての本尊がまつられている。
結願したお遍路さんは菅笠、金剛杖を奉納、護摩供養で炎に投ぜられる。

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